中公新書『琉球処分』を読んだ

本屋でテキトーに新書を漁っていた時、偶然目にしてなんとなく手に取った。高校時代は日本史選択で歴史好きだったので、琉球処分という単語には見覚えがあるのだが、詳しいことはよく知らない。せっかくなので読んでみることにした。日本がどのように琉球王国を沖縄県にしたかの経緯が詳しく書かれているのだが、これがなかなか面白い。東アジアが西欧諸国との接触で近代化を進めていく中で、琉球王国がいかに翻弄されてきたか。こうしたテーマは現代の沖縄問題に対して著者がどのようなスタンスを取るかによってバイアスがかかりがちだと思っているのだが、かなり中立に書かれている。

まず、琉球王国は琉球に統一的な政府が存在せず、各地で主権を争っていた三山時代を尚氏が統一によって終わらせることで成立した。ここは琉球処分にはそこまで関係しないところなので、本書でもあっさり書かれている。そして、琉球王国は明の時代から中国に朝貢していた。朝貢によって王国の正当性を保証されていた、といっても良いだろう。日本が琉球支配の先鞭をつけたのは、島津氏による琉球侵攻だ。これにより琉球は薩摩藩の属領のような立ち位置にあり、幕府に慶賀使や謝恩使を遣わせるようになった。このように、琉球王国は中国と日本の両属のような複雑な立ち位置に置かれた。しかし、明治時代に入って欧米諸国が東アジアに積極的に介入するようになってくると、この両属という立ち位置を国際法上どのように扱うかが難しくなってくる。両属というのは東アジアの国際関係においては成立しうるのだが、国際法ではあり得ない。ここに琉球の立場を明確にする必要が出てきて、日本と中国(当時は清国)の間で、琉球を巡る争いが始まる。日本としても琉球としても、最初は清国との関係悪化を恐れて日本への服属を清国には隠してきた。しかし、明治政府の成立から日本は積極的に国際法上正当に琉球を日本に組み込もうと動き出す。最初は漂流民の送還方法といった小さなことから始め、次第に外交権、裁判権といった主権に関わる領域にどんどんと踏み込んでくる。結果は歴史が示す通りなのだが、清国は日本の動きに対してあまりにも後手を取りすぎたと言わざるを得ない。佐賀の乱や西南戦争、台湾出兵といった日本が琉球に回す余裕がない時期に積極的に動いていれば結果も違ったかもしれないが、清国は琉球処分が完了するまでに琉球に対して軍艦の一隻も派遣しないまま終わる。一応分島統治を持ちかけたり、琉球の側からは清国に仲介を頼む動きもあったのだが、常に後手後手だった。北洋水師総督の李鴻章が琉球問題への関与に消極的だったことや、ロシアとの間にも領土問題を抱えていたことが大きな要因かもしれない。
日本と清国といった東アジアの強国の間で揺れ動き、交わした文書の記述や歴史的背景を根拠になんとか琉球王国の存続を図る士族の努力には鬼気迫るものを感じたが、圧倒的な武力差を背景にした日本の攻勢には結局叶わなかった。個人的には琉球の庶民がこの問題についてどのように反応していたかも知りたかったが、そこは史料に残っていないのだろう。
最後に、私がこの本を読んでいて思い出したのは、ウーマンラッシュアワーの村本が討論番組で「琉球は中国から奪ったもの」といった趣旨の発言をしていたことだ。彼がこうした経緯を知っていれば、こんな軽率な発言は出なかっただろう。しかし、私もこの本を読むまではこの発言に違和感を感じつつも、何かしら事実に基づいた反応をすることはできなかった。あとがきにもあるが、基地問題や尖閣諸島の領有といった現代の問題を語る上でもこの本には一読の価値がある。